北本山の会 山行報告書
報告 2004年11月12日  報告者(関根謙一)

山 行 期 間

2004年11月5日 〜 11月7日      (3日間)

山 域・山 名

会山行No.35 雲取山〜長沢背稜〜黒山(5周年記念国内7区) 

リ ー ダ ー

関根謙一

参  加  者

関根・諏訪・村田・横堀・金子・塩原

コース タイム

11/5 北本駅6:28=(熊谷・三峰口・大輪経由)=9:23三峰山頂駅

   山頂駅9:30--11:30霧藻ヶ峰--13:00白岩山--15:30雲取山荘

   --16:00雲取山--16:30雲取山荘(泊)

11/6 雲取山荘6:10--7:20芋ノ木ドッケ--8:45長沢山--12:15酉谷山

   12:45--14:45天目山--15:30一杯水避難小屋(泊)

11/7 避難小屋6:10--8:00蕎麦粒山--9:45日向沢ノ峰--12:10棒ノ折山

   12:30--12:50黒山--15:00小沢峠=17:00北本

11/5 5周年記念山行の国内最終区をいきがかり上引き受けてしまったのはいいが、不安一杯で出発。第一の不安であった天候は、今日からの3日間晴れということでクリア。今日の行程は6人のうち4人までが先日6区の下りで経験している。とはいえ、今日は登りだ。その上、明日の避難小屋泊の装備を持っている。時間の余裕もない。

霧藻ヶ峰までの2時間を一気に登ったのが応えたのか、ペースダウンする者がでてきた。やむを得ず荷物を再配分するなどして白岩山までのきつい登りを頑張る。軽装のハイカーがうらやましい。鹿の出迎えに気を取り戻して次へ。

 芋ノ木ドッケで明日の行く道を確認し、大ダワからの最後の登りは男坂を選ぶ。ほぼ予定通りに山荘着。

 チェックインを済ませ、荷物を置いてすぐに雲取山頂まで往復をすることとした。足を痛めた塩原さんには小屋で待機してもらい、5人で出発。荷物はないが足は重い。山頂に立って7区のスタートをあらためて確認し、山荘に戻る。

 山荘の食事は恒例のハンバーグだ。いろいろいいたいこともあろうが40年ほど前にここで飯盒炊飯したときを思うと小屋もトイレも格段の進歩だ。間違いない。

11/6 足を痛めた塩原さんは大事をとってここで下山したいという。重症ではないが、長沢背稜に入ってしまうとエスケープルートが少ない。残念だがここで最も安全なコースを1人で下りてもらうことにした。山慣れている彼女であり、晴天の土曜日でハイカーも多いはずだ。

 今日目指す一杯水避難小屋とその手前の酉谷峠避難小屋のいずれにも水場はあるが、雲取小屋の主人の話ではいずれも保証できないという。しかたなく持ってきた予備の空タンクを満タンにして出発。

芋ノ木ドッケまで戻り、昨日のコースと分かれて急斜面の不明瞭な道を登りつめると再び芋ノ木ドッケの標識がある。どうやらここがピークであり、それぞれの巻き道にも同じ名前がついているようだ。

 いよいよ長沢背稜に入る。と同時に倒木の大群が立ちはだかっている。

先日の台風の影響かどうか、枯れた立木も多いのでわからないが、恐竜の骨のような景色の中を、とにかく跨ぎ、潜り、迂回しながら進む。時間ばかりが過ぎていく。

 ようやく倒木地帯が過ぎると今度はやせ尾根だ。多分ヤケトノ頭だろう。石楠花が多いからおそらくシャクナゲノ頭に違いない。標識もなくこれといった目印もない。遠くで鹿の声が聞こえている。「奥山でもみじ踏み分け鳴く鹿の・・・」元文学少女が後ろにいた。思いっきり拡大し、雲取山から小沢峠までを13枚に分割した詳細な地図とにらめっこし、道の傾斜度とカーブを読みながら歩くうち長沢山の立派な標識を見たときは、正直ほっとした。

 長沢山で橋本さんに携帯電話が通じたのも奇跡かもしれない。塩原さんと別れたこと、記念の旗を忘れてしまったことを話すことができた。昨日は霧藻ヶ峰で瀬下さんに電話して旗のことを話したが、途中で圏外になってしまい、なんとなくもやもやしていたのがすっきりした。

 水松山(あららぎやま)の手前で道は大きく秩父側に巻き、いったん尾根を越え、水松山を日原側に巻いている。尾根の鞍部からは天祖山への分岐の標識があったので分かったが、地図からは読み取れない。

ここを過ぎて今日初めてハイカーと出会ったが、装備をみるところ、天祖山経由で日原へ下るのだろう。

アップダウンを繰り返し、尾根と巻き道を繰り返すうち、酉谷山の分岐に出会う。酉谷山は酉谷峠から往復と考えていたが尾根ルートで反対側からの登頂も可能とわかり、これを行くこととした。きつい登りを経て反対側に下り、巻き道に出るとすぐ下に小さいが新しい立派な避難小屋がある。庭先にはきれいな水も湧いている。雲取から担いできた水がうらめしい。水をたっぷり飲んで弁当を食べて出発。一杯水までまだ3時間はある。その前半は巻き道、後半は尾根道だ。巻き道は比較的平坦だが長い。尾根道はアップダウンの連続だ。どちらがいいということもないが自分としては尾根道の方がわかり易いだけましのような気がする。

今日最後のピーク天目山への分岐が見えたときは迷わずに突き進んだ。しかし、ここもほとんどのハイカーが反対側からのピストンらしくこちら側は荒れていた。ちょっとした藪こぎを強いられやっと山頂へ到着。ここを下りれば小屋だ。ここまでの途中で出会ったハイカーの話では小屋は満員らしい。それならまだ3時、小屋に荷物を置いたハイカーが山頂にも当然何人かいると思ったが、全くの無人。首をかしげながら下り始めると案の定、親子連れの団体と思しきパーテイとすれ違う。悪い予感が的中し、小屋はボーイスカウトの団体に一般登山者が加わり、超満員だ。喧嘩をしても不愉快さが残るだけ、幸いにして天気も穏やかだ。小屋の周りにあった網やシートに持参のツエルトを使って小屋裏に下ろしを作ってしまった。さすがは我が山の会の最強メンバー達だ。明るいうちに夕食を済ませて5時過ぎには就寝。

11/7 熟睡というわけにはいかないが、どうせ小屋の中も快適なはずがない。それでも11時間も横になっていれば飽きがくる。4時過ぎには起き出し特製のおかゆをすすって出発。きょうもいい天気だ。

巻き道を少し行くと軟らかい尾根道に出る。多少のアップダウンはあるものの快適な道だ。仙元峠への分岐に着くとなぜか懐かしい。9月に秩父側から登り、ここを経て蕎麦粒山に来たばかりだ。蕎麦粒山を過ぎ、桂谷ノ峰の手前の鞍部から峰を巻く道がある。疲れた足には小さなピークは迂回すべしと意見が一致して巻き道をとることとした。ところがこの巻き道が曲者でアップダウンが激しく、地図に無い横道がある。道なき尾根に入りかけたとき、後ろから単独ハイカーがやってきた。川苔山へ行くというがやはり納得いかないようだ。一緒に考えた末、何とか日向沢ノ峰の下部に着くことができた。だいぶ時間を浪費してしまった。

日向沢ノ峰から棒ノ折山への入り口もわかりにくかったが、入ってしまうと後は一本道だ。とはいえ疲れた足には下りがきつい。長尾丸山は巻き道をと思いながら黙々と歩くうち山頂に、それでも次の槙ノ尾山は山頂を巻いて棒ノ折へと向かう。もうすぐというところで誰かが呼んでいる。久保島さんだ。久保島さんが予定を大幅に遅れたのを心配してか迎えに来てくれていたのだ。ほかに、棒ノ折山頂に出迎えてくれた橋本さん、松橋さん、白根さんに大感謝し、握手し、差し入れの果物、水をいただいたときは久しぶりに生きていることを実感した。

この後、まだまだ黒山を経て小沢峠まで2時間はある。気を取り戻してもう一頑張りだ。棒ノ折山の下りがきつい。黒山の登り下りもきつい。

そして小沢峠は遠い。それでも5人の隊列が9人になっているだけで元気が出る。それより、ここでダウンしてしまったらかっこ悪い。

 持っていたトランシーバから瀬下さんの声が流れ出てきたとき、皆で歓声をあげた。続いて武藤さん、上野さん、新井さんの生の声が耳に入ったとき、やっと長い山行の終わりを確信した。

備     考

ご協力いただいた皆さんありがとうございました。

総標高差 3,200m